2006年02月12日

インターネットの発展と新聞社の行く末

インターネットを私が利用し始めたのが1994年。大学院に進んだと同時で、もう12年目になる。当時はまだWebサイトなどはほとんど整備されておらず、インターネットといえばe-mail, ftp, gopherなどの非常にプリミティブなツールをコマンドラインで利用する程度だった。

今から考えるとたいしたことないんだけど、当時は非常に画期的だった。定期的に自分が登録している物理のフィールド(素粒子や物性論など)の最新論文情報がメールで送られてきて、興味があるものを原爆開発で有名な米国ロスアラモス国立研究所のgopherサイトへアクセスして、TeXのソースファイルをダウンロード。自分でコンパイルしてPostScriptにして、プリントアウト。

今じゃ考えられないね。ふらふら

インターネットはもともと学術情報ネットワークの色彩が強く、私もそこから入ったけど、同時に日本国内ではインターネット出現以前からパソコン通信(パソ通)が発達していて、そこからインターネットへ移行し、回線速度の高速化とともに掲示板、チャット、ブログがすごい勢いで発展している。最近面白いなと思うのは世論の形勢が一部ネット上で行われ、しかもそれが必ずしも少数意見ではないこと。

さらに面白いのは、その流れをこれまで報道や(ある種の)言論を牛耳ってきた新聞社が無視できなくなっている事実だ。
特に朝日新聞などは、以前は適当に事実を自分たちに有利な形や、望ましいと思っている方向へ捻じ曲げて書いても、誰も気づかなかったり、気づいても大きな声を出せば自分たちが正しくなる風に考えていたようだけど、最近はそうはいかなくなっている。

1年前のNHK番組改変問題に見るような強引な取材や揚げ足取り、ほぼ捏造などに始まり、長野県知事の虚偽記事(注)など、いやはや枚挙に暇がない。

公表されていないようだけど、販売部数も激減しているようだし、なによりも最近始めた「ジャーナリスト宣言。」なるキャンペーンはなんとも物悲しい雰囲気を漂わせている。

インターネット上での無秩序な報道や言論が全て正しいとは思えない。当然レベルの高い倫理観が問われるし、多数決で物事を決めてよいわけでもない。

しかしそれ以上に、ある特定の思想を支持し、国益を損なうような情報を常に発信し続けてきた朝日新聞には非常に大きな罪があると思う。

ゴーマンかましてよかですか?

朝日新聞は廃刊すべし




(注)朝日はこの事件について「虚偽メモ」と書いているが、メモだけだったら社内の問題なので、ここまでいわれないだろう。問題はその虚偽メモを記事にしてしまったことであり、さらに根深い問題は、虚偽の記事を掲載したにもかかわらず、「虚偽記事」であることを意図的に隠すような「虚偽メモ」というタイトルによって責任を記者一人に押し付けようとしているところである。
posted by Windy City at 22:40| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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