2006年07月06日

人と国家の相似形

 私の職場に変わった人がいる。技術者が主の職場だからしょうがないかもしれないが、それにしても彼は自分の信じるところを絶対に曲げないし、端から見てると「その技術いるの?」「そんなの使う必要あるの?」さらには「そんなんで儲かるんか?」 最終的には「そんなものいらないんだよ」見たいな話にしかならない。
 それでも彼は自分の主張を変えようとはしない。
 最近は面倒見のいい人にも見放され、遂に人事部付きの閑職へ追いやられてしまった。社内に彼を受け入れてくれる職場もなく、今は何をやっているのかわからない。

 この状態って今の北朝鮮にそっくりだと思う。自分のわがままばかりを主張し、これまでは周辺国もいくらかは付き合ってきた。しかしもう付き合いきれないと経済制裁を加えられ、挙句の果てにはミサイルを打ちやがった。そうなれば更なる制裁を加えられることはわかりきっているのに、どうしても自分を変えることはできない。

 国家は人で構成されている。だけれども一人のわがままな人間ではなく、いくらかの理性を持った人間が複数集まって構成されているのだから、本来北朝鮮のような反応はありえない。
 しかしその「ありえないこと」が現実となっているのが北朝鮮。

 そもそも朝鮮塵は面子を大切にする性質が強いらしいが、その面子を保つために、自分たちの外見は完全に地に堕ちるほどひどい状態になっていることには全く気付かないらしい。不思議な奴らだ...
posted by Windy City at 22:14| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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