2006年04月02日

民主党代表選

 永田議員の偽メール問題で混乱し続けた民主党の執行部が辞任し、ようやく混乱が収束しそうだ。
 前原代表の辞任を受けた代表選挙は小沢前副代表と菅元代表の二人が軸になるようだ .......................................................................................................が、なんかおかしくない?

 この二人って前の国対委員長が辞任したときに就任を拒否してなかったっけ?党の存亡の危機のときに自らリスクを取らず、傍観を決め込んでなかったっけ?そんな汚いやつらに今の民主党を立て直すことができるの?

 非常に素朴な疑問です。一大事のときに無責任を決め込んで、混乱が終わってから手を挙げるのって後出しじゃんけんじゃないの? 何かがおかしい、何か腑に落ちない民主党代表選挙です。

 前原さんは非常に残念でした。それまでの菅や岡田のようなどこの国のために働いているのかわからないような代表とは違って、国益を見据えた発言を繰り返していたから。 脇が甘すぎた... というのが一般的な見方かもしれない。 でも、私は今の民主党そのものに前原さんが代表で居続けにくい雰囲気があると考えている。やはり横路衆議院副議長のような真性左翼とじゃ、一つの政党にまとまるのは無理だって。

 実は媚中派の多い自民党よりも、もっと国益を見据えた政党があってもいいんじゃないかと思う。投票するかどうかはわからないけど、前原さんにはそういった行動に出てほしい。
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2006年04月01日

10周年

 今日は4月1日。10年前、私は社会人になった。バブル崩壊後の不景気でどこの会社も大変な状態での船出だった。2000年にはITバブルを経験し、現在はようやく景気が上向いてきている。

 自分自身の中でも大きな変化がおきた。
 最初は何のために働くのかわからなかった。会社に反発し、社会に反発し、不満ばかりが自分の心の中を占めていた。仕事よりも自分の生活を優先し、残業など一切やらなかった。
 1年が過ぎ、会社からあるものを開発しろと命ぜられた。何の意味があるのかわからなかったが、面白そうだからやってみようと思った。期限は1年。担当は自分ひとり。パートの女性がルーチンワークの部分を手伝ってくれることになっていた。最初の数ヶ月は手探りで、実験をし、文献を漁った。
 3ヵ月後。最初のサンプルを作ることができた。でも、実際使ってみないとどうなっているのかわからない。分析装置で測定することになったが、装置が空くのは深夜のみ。だから徹夜で測定した。 結果は... 当たり前かもしれないが「使えない」であった。でも収穫もあった。何を目標にすべきかがわかったことであった。
 求められる性能を出すために必死になった。それに答えてくれるかのように徐々に品質も上がった。様々な人から有用な助言を得ることができ、いくつかのブレークスルーも経験した。
 期限までに生産性を上げるため、パートの女性に気付かれないように作業の手順とそれにかかる時間を測定した。結果を見て愕然とした。あまりにも効率が悪すぎる... そこである対策を施すことにした。それを話すとパートの方からは反対された。「自分の仕事が減ってしまう」と。でも絶対この対策が必要だし、それが原因でクビにしたりはしない。逆に仕事を増やして効率的に仕事ができる環境を作りたいと説得した。 ようやく納得してくれた。
 年末には技術的な目処がつき、年始には予算を付けてくれることになった。お金をいっぱい使えると喜んだのもつかの間、その後4ヶ月間は殺人的な忙しさだった。装置メーカの方と細かい仕様を打ち合わせし、わがままも聞いてもらった。今となっては本当に感謝している。装置以外の付帯設備を揃えるのは思った以上に大変だった。細かい仕様とともに、専門外の計算をしなければならず、抱える仕事量は爆発寸前だった。そしてお金を使うことがすごく難しい仕事なんだと思い知らされた。 でも、とても楽しい仕事だった。

 生産設備が整い、徐々に業務体制が整い、仕事も増えてきた1年後、あるメーカーのお客さんから説明に来てほしいと連絡があった。あまりお客さんと接する機会も無いので、期待が少しと、ものすごい緊張でお客さんの会社へ伺い、説明させていただいた。 色々、質問を受け、なんとか応答し、一番最後に「こんなに良いものは初めてだ。これからも使わせてもらいますよ」というお言葉を頂いた。 涙が出そうになるくらいうれしかった。もうやだ〜(悲しい顔)

 その時、はじめて「技術者になってよかった」と思うことができた。「お客様は神様です」という言葉の本当の意味を身に染みてわかることができた。そして自分はラッキーなんだと思った。


 数年後、私は転職した。技術者としてステップアップするためにどうしても必要だと思ったからだ。結婚もした。子供も生まれた。10年前のトゲトゲしい、反社会的な自分はどこかへ行ってしまったようだ。
 残っているのは技術者としての執念だけ。誰かに自分の作った技術・商品で喜んでもらいたい。そしてメーカーの方からお言葉を頂いた時の喜びをもう一度感じたい。ただ、それだけ。

 お金も大切、地位も大切だと思う。同じように技術者特有の喜びを探し続けることも大切。10年目の今日。改めて考えてみた。 これから自分は何をしてゆくべきなのだろう...
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2006年03月30日

さわかみ投信に行政処分

 今日はフランスのCPE反対デモについて書こうかと思ってたけど、こっちのニュースが飛び込んできたので、金融庁によるさわかみ投信への行政処分について。

 まったくふらふら、情けない話だ。ファンドとは別の投資顧問業に関する行政処分だからファンドの運営には支障は無いようだけど... 法令違反はイカンですよ、澤上さん。
 おそらく法令に対する知識不足と管理不徹底が原因だと思うけど... 管理不徹底がファンドのほうで起きたらどうするんだと背筋を寒くしてみる。がく〜(落胆した顔)

<さわかみ投信>お客様へのご報告、ならびにお詫び

 みずほ証券による大量誤発注もそうだけど、普段の業務に忙しいがために、間違いを犯しているにもかかわらず見逃してしまうことって多いのかもしれない。
 簡単に「システムの問題・課題」で片付けてはいけない問題だと思う。システムはセーフガードに過ぎず、仕様上、人間の判断でガードをキャンセルすることができるようにしてあるからね。
 やっぱり法令違反の疑いのある取引を実行しようとしたら、法令違反とその罰則くらいが画面に表示されないと効果が無いのかな?

 まぁ、何よりも担当者が気合を入れて仕事をするこったな。気が抜けてるからこういうことになる。
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2006年03月29日

人権真理教 朝日伝聞マンセー

 社長の長男が麻薬で逮捕されたり、話題に事欠かない朝日伝聞。まぁ30過ぎの男が、いくら父親が大会社の社長だからって、もういっぱしの大人なんだから、親の責任を問うこともあるまい... と思う。でも....... これを機にサッサと潰れろとも思う。

 ところで、麻原彰晃の控訴棄却に関する社説が出揃いました。

【読売】松本裁判棄却・弁護団の姿勢に問題がある(3/29)
【産経】麻原被告控訴棄却 弁護側責任は極めて重い(3/28)
【日経】控訴審なしで確定する松本被告の死刑(3/28)
【毎日】松本被告の裁判 姿も見せずに終結とは残念だ(3/29)
【朝日】オウム教祖 重病か仮病か知りたい(3/29)

 やはり異彩を放っていたのが我が朝日伝聞であります!ひらめき 他は基本的に弁護士側の責任を追及している(毎日は微妙に違うが...)が、朝日伝聞は責任追及はなし。「教師の出方を読み間違えたのだろう」と書いているが、裁判をゲームか何かと勘違いしているんじゃないのか?

 「弁護団も真剣」らしいが、何に真剣だったのかが問題なんだよ。結局、裁判を引き伸ばし、松本被告の命を永らえることだけが目的だろうが。
 そもそも、題名の「重病か仮病か知りたい」というが、高裁は検察側の精神鑑定結果を採用し、仮病であると結論付け、さらに弁護側がそれに対抗しうる控訴趣意書を屁理屈をこねて出さなかったのが棄却の原因だろう。すでに「仮病である」と結論は出てるんだよ。朝日伝聞君。お前の目は節穴か?それとも左を向きすぎて、何事も直視できなくなってしまったのか?

 一番笑ったのが「法廷で正気かどうかを正面から論じ合うことはできないものか」の部分だ。 法廷ってそういうことをする場所なのか?(゚Д゚)?

 物知り顔でこの程度の浅はかな論理展開しかできない新聞なんぞ存在価値が無いんだよ。裁判を受ける権利を悪用し、少しでも命を永らえようとする姑息な奴らを、「人権」というエゴで擁護しようとするバカどもにものを言う資格など無い。ちっ(怒った顔)

オウム教祖 重病か仮病か知りたい

 あまりにも唐突だった。オウム真理教を率いた松本智津夫被告の裁判が打ち切られることになった。
 控訴趣意書を弁護団が期限までに出さなかったので、法廷を開くことはできない。東京高裁がそう決定した。弁護団の異議が高裁や最高裁で認められない限り、一審の死刑判決がそのまま確定する。
 あれほど社会を震わせた危険な集団のボスの裁判である。書類の未提出という理由で裁判が終わってしまうのは、なんとも中途半端な感じがする。
 弁護団はこう主張してきた。接見しても被告とは会話にならない。おざなりの趣意書を書くのは弁護人としてとるべき態度ではない――。
 高裁はこれを退けた。昨年1月、8月と期限を延ばしたのに趣意書を出さないのは悪質な引き延ばしだというのだ。
 もちろん裁判所も弁護団も真剣ではある。だが、はたから見ると、「宿題を出せ」「出さない」といがみ合う教師と生徒のようだった。
 生徒は「宿題が的はずれ」と言い張る。教師は「決まりは守れ」と怒りにかられ、生徒を落第処分にしてしまう。生徒はぎりぎりになって宿題を出すと言ったが、手遅れだった。教師の出方を読み間違えたのだろう。
 しかし、ことの核心は、書類の未提出という手続き上の問題ではない。地下鉄や住宅街に劇物や毒物をまいた首謀者として一審で死刑を宣告された人物がいま、訴訟に耐えられる精神状態かどうかの争いが背景にあるのだ。
 一審の途中から、被告は、ほうけたような態度を取り始めた。法廷で居眠りをする。意味不明の英語を発し続ける。「私は甲子園の優勝投手だ」などとわけのわからないことを言う。
 弁護団は「長い拘置所暮らしによって精神に変調をきたした」と主張する。妄想などの症状が出ており、裁判の前に治療を急ぐべきだというのだ。
 高裁は仮病説に立つ。理由として、死刑判決の日に拘置所に戻った被告が「なぜなんだ、ちくしょう」と大声を発して判決を批判したことなどを挙げる。
 重病ならば、一時、治療を試みるほかない。仮病だとしたら、到底許すことはできない。こんな形で裁判を打ち切るのではなく、法廷で正気かどうかを正面から論じ合うことはできないものか
 審理に戻る場合でも、この先、何年も費やすようでは困る。弁護士一家が惨殺されてから16年、地下鉄サリン事件からでも11年になる。遺族たちには「刑の確定を急いで」という声も出ている。
 弁護団は高裁決定を「暴挙だ」と批判し、控訴趣意書を提出した。異議を申し立てる準備もしている。
 異議申し立てを審理する裁判官には、控訴趣意書を正面から吟味してもらいたい。趣意書に法律家としての誠意が見られるなら、控訴審を開く方向に軌道を改める余地もあるだろう。
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友のために自分の命を捨てる

 月に一度、業界団体の技術会議に出席する。同業他社の方々と会議をするので、若造の私にとっては大変勉強になる会議だ。そして、出張の前に少し時間があることが多いので、会議が開かれるお茶の水周辺を散歩することが多い。
 今日は天気も良く、花粉が多いことを除けばとても気持ちが良いのでデジカメを手に桜の名所である、靖国神社と千鳥ヶ淵にまで足を伸ばしてみた。

 桜は8分〜9分咲きでとても美しかった。ぴかぴか(新しい) 当然人出もすごく、千鳥ヶ淵の遊歩道は渋滞するくらいだった。

chidorigafuchi00.jpg
【千鳥ヶ淵の桜】

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【靖国神社の桜】

 さて、もう一つ。帰りに新宿の紀伊国屋書店へ寄り、こんな本を買った。もう古い本の部類に入るのかもしれないが...


 帰りの電車の中でパラパラと読んでいたら、もう20年位前に読んだ太宰治の「走れメロス」に目が留まり、一気に読んでしまった。20ページにも足らない短い話なのであっという間に読めてしまう。

 そして、今日の題名「友のために自分の命を捨てる」。これは聖書の言葉。
人がその友のために自分の命を捨てること、これよりも大きな愛はない。
ヨハネによる福音書 15:13(口語訳)


 この3つに何の関係があるのかと思われるかもしれない。しかしとても関係が深いと私は考える。

 1つは靖国神社・千鳥ヶ淵の戦没者墓苑。これは戦争で日本のために戦い、亡くなった方々を祭り、記念する場所。 多くの人が特攻や戦闘、負傷、病気、飢えなどで亡くなった。中には戦争犯罪人という汚名を着せられ、まともな裁判もされずリンチのような形で処刑された。しかし、多くの方が遺書に残しているように、自分の命を捧げるのは国、そして子孫のためであった。
 2つめの「走れメロス」。メロスは義憤に駆られ、暴君を殺そうとするが、逆に処刑されることになる。しかし、3日の猶予を願い出て最愛の妹の婚宴を行う。そのため、3日間親友のセリヌンティウスを人質として暴君に差し出す。信頼関係で結ばれた親友同志は、互いに命を差し出す覚悟であった。
 3つめは聖書の言葉。一日の間に、上の二つを見て、読んで、考え、心に浮かんだのがこの言葉だった。

 自分は妻や子供のために命を捨てる覚悟ができているのだろうか?なんか、いざとなったらみっともなく逃げ出すような気がしてならない。そういった覚悟が自分のフニャけた精神に宿る隙間もないような気がする。

 また、残念なことに今日の日本のキリスト教会の大方の意見では、戦争で死んだ日本人を、「狂気」とか「軍国主義に騙された・踊らされた」などの表現をし、批判する。実に情けなく、怒る気にもならないくらい.... 情けない。
 2000年前にイエス・キリストが十字架に架かり、人類の罪のために死なれたことは自分のこととして受け入れているのに、遂60年前に日本のため、自分たちの子孫のために命を投げ出した兵士のことは気にも掛けない。

 自分自身と日本のヘナチョコクリスチャンにもう一度問いたい。あなたは「友のために自分の命を捨てる」覚悟ができているか?
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2006年03月28日

弁護士の仕事って人に迷惑を掛けることなんですか?

山口県光市の母子殺害事件の上告審公判に被告側弁護士が私用を理由に欠席したり、宮崎勤被告の審理を15年以上も引き伸ばしたり、全ての弁護士がこういうやつらだとは思えないけど、あまりに独りよがりで、情けない弁護士が多い。今回の松本被告の控訴審にしてもとにかく引き伸ばし、審理中断に奔走し、遂に裁判所から最後通告を受けたようなもの。姑息な手段を使う馬鹿どもが多いので私は裁判所の判断に敬意を表したい。ただし、このような判断はいつでも使ってよいものとも思えない。


と書いたところで、もう眠いので寝ます。眠い(睡眠)明日(今日?)は出張。時計

<オウム>松本被告、死刑の公算大に 高裁が被告側控訴棄却
 地下鉄、松本両サリンや坂本堤弁護士一家殺害など13事件で殺人罪などに問われ、1審で死刑判決を受けたオウム真理教(アーレフに改称)の松本智津夫(麻原彰晃)被告(51)について、東京高裁(須田賢(まさる)裁判長)は27日、被告の訴訟能力を認めたうえで、控訴を棄却する決定を出した。最高裁の統計がある78年以降、1審で死刑とされた被告の控訴審が、棄却決定されるのは初めて。事件の首謀者とされる被告に対し、高裁で一度も公判を開かずに死刑判決が確定するという異例の事態となる見通しとなった。
 弁護側は28日に控訴趣意書を提出する方針を示していたが、提出期限は昨年8月末で大幅に遅れており、高裁は提出の遅れが裁判を継続するための「やむを得ない事情」に当たらないと判断した。弁護側には高裁に異議を申し立て、さらに最高裁に特別抗告して争う手段も残されているが、この際の審理対象は裁判手続き上の誤りがなかったかどうかに限られ、退けられる公算が大きい。
 弁護団は期限だった昨年8月31日、控訴趣意書の「骨子」を高裁に持参しながら、鑑定への立ち会いなどを拒否されたことから提出しなかった。このことについて、決定は「鑑定方法などの問題と趣意書の提出期限順守の問題は、全く次元が異なる別個の問題。鑑定方法は裁判所の裁量に委ねられ、鑑定方法に納得できないとしても不提出が正当化されるとは考え難い」と指摘した。
 さらに、控訴趣意書を提出しなかった行為について「被告から実質審理を受ける機会を奪うという重大な結果を招くおそれをもたらし、弁護士の職責からみても極めて問題がある」と批判。さらに、裁判所が期限後に、数度にわたって趣意書提出を強く求めたことから「刑訴規則の『やむを得ない事情に基づく』とは認められないのは明らか」と判断した。
 また、決定は先月の鑑定結果に基づき、松本被告は訴訟能力を欠いていないと結論付けた。
 高裁は04年6月、控訴趣意書の提出期限を05年1月11日と指定していたが、弁護団が「被告と意思疎通ができず、趣意書は書けない」と主張し、期限を同年8月末に延期した。さらに被告の訴訟能力の有無を判断するため精神鑑定を実施。2月20日に「訴訟をする能力を失っていない」との鑑定書が出されていた。
 刑事訴訟法は、裁判所が指定した期限内に控訴趣意書を提出するよう定め、これに違反した場合は決定で棄却するよう規定している。一方、刑事訴訟規則で「遅延がやむを得ない事情に基づくと認めるときは、これを期間内に差し出されたものとして審判をすることができる」との規定も設けられている。【武本光政】
 ▽松本被告の弁護人の声明 元来、公判を停止して治療すべきであるにもかかわらず、控訴審を開くどころか控訴棄却としたもので、裁判所がすべてを闇の中に葬り去ろうとしていることは明らか。直ちに棄却決定が無効であるとして異議申し立て手続きを取ると同時に、可能な限りの手段を講じて裁判所の暴挙を糾弾していく。
 ▽東京高検の笠間治雄次席検事の話 弁護人が正当な理由もないのに期日までに控訴趣意書を出さなかったのであるから、かねて当庁が申し立てた通り、裁判所が控訴を棄却したのは極めて妥当である。
(毎日新聞) - 3月27日21時31分更新
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2006年03月26日

中国様の寛大な心を伝道する朝日新聞

 朝日新聞が支那や朝鮮半島のアジテーション機関だということは以前からわかっているのですが、本日の記事もそれを象徴するような記事ですね。

 結局言いたいことは日本批判だけでしょ。中国や朝日の言う「歴史認識」とやらなんて虚構に満ちた、おおよそ歴史などとは言えない代物。もともと支那人も朝日の記者も嘘をつくことに罪を感じない人々だから、なんでもありなのよ。居直り強盗よりもたちが悪いよね。

 最後に御丁寧にも中国様が「弱腰」と批判されるのではないかと心配までして見せる所に、中共への忠誠心を感じさせてくれマス。ハイ。

「靖国」「戦犯」言及避ける 中国主席の日本向け講話草案
2006年03月26日09時36分

 中国の胡錦涛(フー・チンタオ)国家主席が31日、日中友好7団体代表との会談で示す「重要講話」の草案の概要が明らかになった。談話では小泉首相の靖国神社参拝やA級戦犯への直接の言及を避け、「中国が歴史問題を重視する理由」を強調する方針だ。中国側は首相の靖国参拝を厳しく批判してきたが、結果的に日本国内の反発にもつながった点を考慮。談話を「日本国民へのメッセージ」と位置づけ、幅広い理解を求める。
 複数の日中関係者が明らかにした。中国政府内でまとめられた談話の草案は、すでに胡主席に提出されており、最終的な決裁を待っている。胡主席自身の政治判断や直前の情勢によって内容が見直される可能性もある。
 草案では、これまで繰り返してきた「A級戦犯をまつった靖国神社への参拝」に対する直接の批判は避けている。
 一方、▽国交を正常化した72年の日中共同声明で、日本側が「戦争を通じて中国国民に重大な損害を与えたことについての責任を痛感し、深く反省する」と表明した▽98年の日中共同宣言で両国が「過去を直視し、歴史を正しく認識する」ことで一致した、などの経緯を改めて指摘する。
 さらに「正しい歴史認識」が日中両国の友好関係の「政治基礎」になっていると説明。これを否定する行為は容認できないとして「日本の指導者が過去に表明した反省を実際の行動に移す」ことへの期待を表明する。
 同時に、中国側が「歴史問題」にこだわる理由は「恨み続けるためではなく、歴史を鑑(かがみ)として、未来に目を向けるため」と説明。中国側が望むのは非難の応酬ではなく、未来志向によるウインウイン(お互いが勝者になる)関係だとして日本側の理解を求める方針だ。
 背景には、これまで厳しいメッセージばかりが注目され、「対日関係重視」という中国側の方針が日本に十分に伝わってこなかったとの思いがある。
 ただ、こうした姿勢が中国国内で「弱腰」と受け取られれば、指導部への批判につながる可能性も否定できない。講話発表後も両国関係に好転の兆しがなければ、胡主席が4月に訪米する際、「日本の歴史認識問題」を米中首脳会談で提起し、日本側を牽制(けんせい)する選択肢も検討されている。
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2006年03月25日

反日教員は職を辞すべし

 ぼやきくりっくさんのサイトAdoramusTeさんのサイトなどで取り上げられている東京新聞の論説記事を私も取り上げてみようと思う。

 まず出だしの「教員のストレス障害・精神疾患」の原因は「日の丸・君が代」にあるかのような、乱暴な論理が通るはずがない。一部そのような教員もいるかもしれないが、ごく一部であろう。教員を引退した父が言っていたが、病気を理由に休職する教員のほとんどは「生徒の顔を見て話すことができない」とか「授業をすることに興味がない」のような、教員になる以前の問題の人間性の欠落が原因だそうだ。
 元来、教員採用試験には相当問題があると思う。試験の点数だけで採用の可否を決め、一度採用されれば定年退職するまで職は保証されるなどと民間企業ではありえない厚遇である。やはり免許を短期間にして、更新ごとに採用延長についても吟味するようにしなければ、問題のある教師の排除ができないのではないかと思う。

 次に「思想信条や良心にまで踏み込んで、強要するのはおかしい」という部分。 個人の信条や良心が、団体・組織・地域・自治体・国の方針よりも尊重されるというのはおかしい。どんなに尊重されてもイコールのレベル。普通は個人よりも全体のほうが尊重されるべきだ。そうでなければ皆が自分勝手なことばかりを言って、何もまとまらないことになる。
 世の中にはルールがある。法律に明記されていないから何をやってもいいというわけではなく、社会の一員として守らなければならないルールがある。このようなルールを教えるのは一義的には家庭の責任で子供にしつけていくのが基本だ。しかし、学校でもある程度の社会常識・ルールを教える必要がある。まぁこの手の教員には社会常識が欠如したのが多いんだが... だからそういう欠陥教員はどんどん分限免職すべきである。

 一番腹立たしいのが「クリスチャンとして、「君主」を讃(たた)える歌を歌うことができない」とのたまう男性教員である。何様のつもりだ?こいつは。ちっ(怒った顔) 歌う・歌わないは自分の考えであって、クリスチャンを代表するような物言いをするのはヤメロ!
 結局のところこの男性教員が言いたいのは、「(キリスト教ではない)神道の天皇を讃える歌を歌うことができない」ということである。もしこの男性教員がイギリス人だったら「God Saves the Queen」を歌えるだろう。「(キリスト教の)神よ女王陛下を守り給え!」ってね。ふらふら でも現在では歌われない6番ってすごい内容だよね。「スコットランド人を撃滅せよ」って、ぉぃぉぃ。
 クリスチャンであるということで、国歌(君が代)を歌えないとか、国旗(日の丸)を掲揚出来ないというのは全く理由にならない。ヨーロッパの多くの国で十字架を国旗に用いているし、反日日本人の大好きな韓国の国旗は儒教の影響を色濃く反映している。国家やそこに住む民族から宗教性を奪い取ることは非現実的であり、不合理なことである。自分と違う宗教だからと言って、他を認めない態度はクリスチャンとしても恥ずべき行為である。

 そんなに自分の信仰や(取るに足らない)良心とやらを守りたいのなら一刻も早く職を辞し、意に反すことがない職を探すべきである。幸いなことに日本には職業選択の自由が憲法で保障されています。各職場での習慣やルールは自分で変えることは難しいが、自分の職業を変えるのは自由なんだよ。



イギリス国歌(God saves the Queen)
1 God save our gracious Queen,
Long live our noble Queen,
God save the Queen:
Send her victorious,
Happy and glorious,
Long to reign over us:
God save the Queen.

2 O Lord, our God, arise,
Scatter her enemies,
And make them fall.
Confound their politics,
Frustrate their knavish tricks,
On Thee our hopes we fix:
God save the Queen.

3 Thy choicest gifts in store,
On her be pleased to pour;
Long may she reign:
May she defend our laws,
And ever give us cause
To sing with heart and voice
God save the Queen

4 Not in this land alone,
But be God's mercies known,
From shore to shore!
Lord make the nations see,
That men should brothers be,
And form one family,
The wide world o'er.

5 From every latent foe,
From the assassins blow,
God save the Queen!
O'er her thine arm extend,
For Britain's sake defend,
Our mother, prince, and friend,
God save the Queen!

6 Lord grant that Marshal Wade
May by thy mighty aid
Victory bring.
May he sedition hush,
And like a torrent rush,
Rebellious Scots to crush.
God save the Queen!



教員むしばむ『君が代神経症』
 公立学校の教員で病気休職、とりわけ極度のストレス障害など精神疾患が増えている。背景として卒業・入学式の「日の丸・君が代」強制が見過ごせない。東京都をはじめ、君が代斉唱を強制する教育行政が、教員らの精神をむしばんでいる側面もある。精神科医の野田正彰・関西学院大学教授が、教員らから聞き取り調査した分析結果から見える実態とは−。 (松井 学)
 「のどから胃にかけて太い杭(くい)を打ち込まれるような痛みが断続的に襲ってくる状態」。野田氏が、面談したある美術担当の女性教員は、心の苦しさをこう打ち明けた。
 女性教員は、教員になった理由を「感じる、考える、つくり出すという創造的な人間の活動の力を美術教育で育てたい。それは社会を再生させる鍵になる」と語った。
 しかし、そうした教育を許さない状況が生まれてきた。都立校教職員の君が代斉唱参加を義務づけた二〇〇三年十月の「10・23通達」が出た後、君が代斉唱で立つ(斉唱)か座る(拒否)かを考え続けた。結局、「座らない」という結論を出したが、生徒に「先生言ってることとやってることが違う」と言われたら教員としてはおしまいだ、と苦しんだ。
 教委−校長−教員−生徒との上意下達の押しつけが、卒業式にとどまらず日常的に現場を支配するのは、「教育の息の根を止めるやり方」と反発する気持ちは強い。だが、病気を抱えた両親を扶養し、職を失うわけにはいかない家庭状況もあった。起立を選んだが、それで苦しみが解消する問題ではなかった。
■生徒の不起立も教職員の「責任」
 ここ数年、都立校の卒業・入学式では、子どもたちに君が代斉唱を強制するのはおかしいと考えて、「国歌斉唱」時に不起立を選んだ教員ら三百人以上が、職務命令違反などとして処分されてきた。不起立教員には「君が代は好きだが、教育に強制はなじまない」と考える人も含まれる。思想信条や良心にまで踏み込んで、強要するのはおかしいという考えだった。
 ところが都教委は今月十三日、ある都立定時制高校卒業式で卒業生十数人の大半が君が代斉唱で起立しなかったことを受け、新たに全都立学校長あてに「適正に児童・生徒を指導することを、教職員に徹底する」よう求める通達を出した。
 「10・23通達」以後の流れからみれば、今度は生徒をすべて立たせ、歌わせようとしていると映る。ある卒業生は話す。「自分たちが歌わなければ、先生が結果責任を負わされる」
 こうした息苦しさを増す教育現場が、教員らの精神にどう影響するのか。野田氏が精神科医の視点で、精神疾患による病気休職経験者も含めて任意に面談した七人から聞き取った意見書が先月末、東京地裁に提出された。先の女性教員はこの一人だ。
 日の丸・君が代を強制する都教委の通達や職務命令に対しては、都立校教員ら二百二十八人(現在は約四百人)が原告となり、〇四年一月、都教委と都を相手取り事前救済を求めた訴訟を同地裁に起こした(強制に従う義務がなく、処分もしてはならないことを確認する「予防訴訟」)。意見書の七人も原告だ。
 野田氏は先の女性教員について「本来、急性ストレス障害は一過性だ。ところが、『君が代』強制は毎年、卒業式、入学式、周年行事等のたびに繰り返される。不安が取れることがない」と分析する。
■「自ら命を絶つ」イメージ浮かぶ
 クリスチャンとして、「君主」を讃(たた)える歌を歌うことができないと考える男性教員の場合は、不起立したことで減給、異動といった不利益や、「再発防止研修」を受ける立場になった。自分の将来について、次の卒業式まで何とか持つのだろうかという不安感を持つ。一番の心配は、自分で自分の命を絶つのではないかとの思いで、「首をつっているイメージが浮かんでくる」という。
 神経症の診断を受けて薬をのみ、自分の感受性を鈍らせることで対応しているが、「自殺念慮で、手段や具体的イメージまで浮かんでくるのは極めて危険だ」と野田氏は心配する。
 音楽教員の女性は、「10・23通達」以降は「歩いていても『君が代』が聞こえてくる」ようになった。卒業式でピアノ伴奏をする音楽教員は、特に生徒に斉唱強制を促しかねない“加害者”の立場にもなりうる。
 女性教員は、音楽準備室に入り込んでくる虫(カメムシ)が「都教委に見え、見張りに来たと感じる」ような思いに襲われる。
 すでに精神疾患によって病気休職を取った男性教員の場合は、自らの教育の集大成と考えてきた卒業生の「答辞」が廃止されたことが最大のきっかけで、落ち込み、睡眠も取れなくなった。この学校で答辞が廃止されたのは、〇三年度の卒業式で、代表の在日朝鮮人生徒と日本人生徒が「日の丸・君が代の強制には納得できない」と答辞で述べたことが原因とされた。
 別のクリスチャンの女性教員は、職を失うか、従順に従うかとの葛藤(かっとう)がある。「以前、『君が代神経症』という言葉を聞いた時は、少し大げさではないか、自分はそのような状態になるほど純粋ではないからと聞き流していた。しかし、今はそれが身近なことに感じている」
 文部科学省によると、東京都の公立校教職員で精神性疾患による休職者は〇三年度が二百五十九人(病気休職全体は四百三十三人)、〇四年度は二百七十七人(同四百六十四人)いる。約五万八千人の在職者全体に占める割合は〇四年度が0・48%(全国平均0・39%)だ。さまざまな教育改革に追われ、肉体・精神的な多忙から全国的に増加傾向を示すが、都は全国平均を上回っている。
 野田氏は「わずか七人に会っただけだが、いずれの人も極度のストレス障害の状態にあった」と病気休職に至るケースが氷山の一角だと明らかにする。「どうしようもない吐き気」といった身体の症状、感情の不安定、抑うつ、「自分は無用な人間だという感覚」といった自己像の変化が共通の症状という。
■企業なら職場の総点検行う事態
 意見書をまとめて、野田氏は「(精神疾患の多さは)企業なら大問題であり、人事の役員は各職場のマネジメントの総点検を行うに違いない。倒れる社員が続出する企業から、優れた製品もサービスも生まれないからだ。ところが教育行政は教育改革と叫んでいれば、教育意欲の破壊は無視される。不健康のデータは何が起きているか物語って余りある」と指摘する。
 教育現場に詳しい大内裕和・松山大学助教授(教育社会学)は「考える先生ほどつらい。教員は子どもに教えるという仕事の性質上、自分の価値観、思想・良心と無関係ではいられない」と述べ、こう推測する。
 「今年の卒業式で初めて不起立した人もいる。生徒への強制にまで事態が進めば、教育の否定だと考える教員が新たに出てきた。このまま見過ごしてはいけないという認識や、連帯の動きが広がっているのではないか」
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2006年03月24日

(゚Д゚)ハァ? 売国奴古賀が政権取り?冗談じゃない!

 何言ってんの?このオッサン。正気かね。売国奴の分際で。オマエなんかが総理になったら日本は中華人民共和国日本省になっちゃうんだよ。
 ホントに国を憂えるなら、まず自分が中国へ亡命するこった。さっさと消えろ。うすらバカが。ちっ(怒った顔)

自民・古賀氏、政権への影響力に意欲

 自民党の古賀誠・元幹事長は24日、秋田市内の会合であいさつし、9月の自民党総裁選について、「小泉内閣という個性の強い政権が5年続き、宏池会(丹羽・古賀派)が政権にかかわることも少なかった。保守本流の宏池会が政権にかかわり、影響を及ぼしてこそ、21世紀に誤りのない国家像を作ることができる」と述べた。
 「ポスト小泉」に関しては、「『派閥が一緒だから、自分に有利だからこの人を(選ぶ)』では、政権与党・自民党の理念、信義に反する」と語った。
(2006年3月24日22時15分 読売新聞)
posted by Windy City at 23:55| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月23日

国の威信に懸けて

 WBCの日本代表チームが帰国し、早々に自分達のチームへ帰還。王監督はチームで指揮を取り、中にはオープン戦に出場した選手もいた。それでも日本国内は優勝の余韻冷め遣らず... あいかわらずスポーツニュースではトップ項目ですねわーい(嬉しい顔)

 忘れかけていたことがあったのだが、本日の読売新聞の記事が思い出させてくれた。明らかな誤審にもかかわらずアメリカチームに快勝し、日本が準決勝に進むことができるきっかけを作ってくれたメキシコである。

 彼らにとっては韓国・日本に連敗し、失点率からいっても準決勝に進める可能性は非常に低かった。通常のシーズンの一試合ならば、大して気合の入らない捨て試合だっただろう。

 ところが彼らにとっては捨て試合でもなんでもなかった。アメリカの隣にあるものの、所得格差は大きく、いつもアメリカの言うなりにならざるを得ない。いろんな葛藤があるのだと思う。当然野球についてもメジャー選手を揃えたアメリカよりも見劣りのする選手達である。

 でも彼らは国の威信に懸けて闘った。

 明らかにアメリカ寄りの判定を繰り返す審判団。それでもメキシコチームはあきらめなかった。そして自分達の大切なものを守りきり、アメリカに勝った。

 日本人が忘れかけ、あるいは忌み嫌う愛国心。私はメキシコチームの試合に対する姿勢に愛国心を見たような気がする。自分が守らなければならない何かを思い出させてくれる。

 今回のWBC。特にイチローや他の選手のプレーや発言を見ると、日本にも健全な愛国心が成長し始めていると強く感じることができる。私もメキシコチームの姿勢を見習い、日本を愛し、よく知りたいと思う。


 野球の国・地域別対抗戦「ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)」の2次リーグで米国に勝ち、日本の準決勝進出を“アシスト”したメキシコの駐日大使館に、全国の野球ファンから感謝のメールやファクスが大量に届いている。
 17日の試合終了直後から、「準決勝進出の可能性がほぼなくなっていたのに、素晴らしいプレーに感激した」「今日はテキーラとタコスで乾杯します」「新婚旅行はメキシコに行きます」などと、メールだけでも500通以上に達した。
 ミゲール・ルイスカバーニャス駐日大使は「私の駐日大使としての大きな思い出となるであろう、あの日を振り返れば、メールや電話はメキシコチームへの感謝に満ちていた。野球を通じて友好が深まるのはうれしい」とコメント。寄せられたファンからの気持ちは、メキシコ外務省を通じて代表チームに伝えるという。アルベルト・ロペス報道官も「メキシコに対して、こんなに多くプラスイメージのメッセージが届けられたのは初めて」と声を弾ませていた。
(2006年3月23日19時33分 読売新聞)



ところで、メキシカンってうまいよねぇ。アメリカに行くと飯がまずくってどうにもならないんだけど、決勝が行われたサンディエゴに行ったときメキシカンを食べたらムチャクチャうまかった。決勝の中継をしていた日テレのアナウンサーも「メキシコが勝った次の日。感謝のためにメキシカンを食べた」といっていたけど、まじでメキシカン食いてぇーわーい(嬉しい顔) タコスうまいexclamation
posted by Windy City at 23:20| 東京 ☁| Comment(1) | TrackBack(1) | 野球 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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